2009年10月31日 (土)

名著「戦争と平和」のエピローグは?

ロシア語会話レッスンの休憩に「戦争と平和」のエピローグが 話題になった。驚いたことにロシア語を教えているロシア人が 結末を覚えていないのである。 長編小説を最後まで読み通す人は余程その小説に 興味がないと続かないのかも知れないと思っている。 それは、どの国でも同じではないだろうか。 個人レッスンでロシア語を学んでいるが、先生は 京都の有名私学で教員をしている。 その先生自身が、「戦争と平和」の最後の部分を はっきりとは覚えていないのだ。 トルストイの文章そのものが強い印象を残すような 終章になっていないのかもしれないが、それだけでは なさそうである。

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2009年9月20日 (日)

「戦争と平和」を読む 第4回目のレッスン (9月18日)

気がついたことだが、ロシア語の語尾変化が 耳に入るようになった。 次第に昔の勘が戻ったようだ。 誰が、誰に、何を、等々すぐ、耳が自然についていき 楽になった。 ロシア語はこういうところがいいなぁと思う。 着実に昔のレベルに戻りつつある。 しかし、読めないのは変わらない。

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2009年8月30日 (日)

NHKで紹介していた健康法に感謝

NHKでダイエット関連の話で ジョギングのような軽そうだが負荷のかかる運動でなくても 家の中で出来るウォーキング的な運動の紹介があった。 それによれば、踏み台のような台で、苦しくならない程度で 10分ほどの上り下りを1日に何回か繰り返すと、 ジョギングと同じような効果があるという。 歩かなくてもいいのだ! 早速実行に移した。 3日間ぐらい経過すると効果が出始めた。外を歩く時 フラフラしで足を引きずる感じだったが、少しずつ力がついて ゆっくりなら歩けるようになった。お陰で助かった。感謝の 気持でいっぱいである。 疲れはするが、歩けるのだ! NHKの健康番組は民放と違って良心的である。 紹介した健康法などの追跡調査の結果も紹介していることがある。

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2009年8月15日 (土)

「戦争と平和」を読む 第3回目のレッスン (6月18日)

読み上げの意味が捉えられるところが出てきた。  1番目は人の名前。イッポリートが分かった時は嬉しかった。  2番目は前置詞がついた時、“リーザと一緒に”が分かった。  気が付いたのだが、分からない単語が何回も出てくる。 色々な場面で使っているのだが、 そのうち自然に分かるのだろうか?

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「戦争と平和」を読む 第2回目のレッスン (6月4日)

トルストイの「戦争と平和」はアンナ・シューレルの パーティの場の紹介から始まる。  まずやってきたワシーリー公爵との会話だ。何度も 何度もロシア語の原文と日本語訳を読んだのに、聞き取れない。 分からない単語が出てくると先に進まない。よく分かっている文章以外はまるで初心者だ。でも2回目だから 少し慣れてきた。

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「戦争と平和」を読む 第1回目のレッスン (5月14日)

今日は第1回目のレッスンだ。トルストイの 「戦争と平和」の原書を読むことにしたのだ。 先生はウラジーミル氏、 場所は蹴上げの京都市国際交流会館にした。 1日に1ページの速度でしか出来ないが、頑張ってやりたい。

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2009年8月13日 (木)

我が人生の原点 「トルストイ」

                                          平木 茂子

2009年7月、
米ニューズウィーク誌が  
Icopy74
人類史上最上の著書を
ランク付けした
「Newsweek's Top 100 Books」
を特集し、
1位にはトルストイの名作
「戦争と平和」
が選ばれた。

私にとってこの上もなく
嬉しいニュースだった。

高校に入った頃、トルストイに
熱中した。
その頃は乱読で手当たり次第
読んでいたが、
トルストイを読んでからは、
トルストイ一辺倒になって
片っ端からトルストイの本を
買い漁った。
そして出会ったのが「戦争と平和」である。
これを読んだ時の感動とショックは今も覚えている。
この本が「終わりませんように」と祈りつつ読みふけった。

青山学院大学(英米文学科)に入った時、
私は「よーし、勉強して原書をバリバリ読むぞー!」
と決心した。

なにしろそれまで本を読むこと以外、一切せず
暗い感じのする少女だったから自分で自分の
決心にびっくりしたくらいだ。
歳をとって時間がたっぷりあるようになったら
朝から晩まで図書館で本を読んで過ごすのが
夢だったから、そんな日のために力を
つけておかなくてはと思ったのだ。

振り返って思うと
子供の時から本を読むのには事欠かなかった。
父の書斎に入れば山のように本が積まれていた。
全集ものも、文学書から美術書、おまけに
横文字の本まであったが、私が一番好きだったのは
古典落語全集と川柳の本だった。
その頃の本にはすべてフリガナがふってあったので
小さな子供でも読めたのである。

一番最初に読んだのはパールバックの「大地」であった。
高校に入った頃、トルストイに熱中した。その頃は
乱読で手当たり次第読んでいたが、トルストイを
読んでからは、トルストイ一辺倒になって
片っ端からトルストイの本を買い漁った。
そして出会ったのが「戦争と平和」である。

大学に入った時、その頃大学では
新入生のために色々な行事が続いていた。
その中のクラブ紹介のときの馬術部紹介に心を
動かされて即座に入部申し込みをした。
それまで運動など一切したことがなかった。
私は、馬に乗るのが面白くて堪らなかった。

この「馬」が私の人生を変えることに
一役買うことになるとはその時は分からなかったが、
とにかくその日から私の馬・馬・馬の
毎日が始まったのである。

入学した日の勉強する決心など
どっかへ吹き飛んでしまった。
親も、毎日部屋の隅で本にうつつを
ぬかしていた娘が外で身体を動かすことには
賛成してくれたから、堂々とやることができた。

その頃の大学の馬術部にはキチンとした
コーチもおらず、馬もどっかから買ってきた
農耕馬が一頭いただけだったから
そのうちに物足りなくなり、
「アバロン乗馬学校」という
日本では2番目に大きいクラブに
親に頼み込んで入れてもらった。

試合(障害飛越)にも出してもらえるようになり
我が家の床の間の優勝カップが増えていくのが
嬉しくて仕方がなかった。

その頃は終戦後のことだったためで、
乗馬をするのは上級アメリカ人将校や
日本の上流階級の人達が殆どであった。
日本のトップは皇居内にあった「パレス乗馬クラブ」
と言うところで、皇太子を始め、名前を聞いただけで分
かるかつての華族の面々や超一流会社の
社長さん達が顔を揃えていた。

国体とか全日本などの大きな試合に
出られるようになってそういう人達と話を
することも増えてきた。
4年間の大学生活もアットいう間に終わって、
いつまでも馬にへばりついている娘に
親も呆れ果てて私は勘当同然になった。

その時、私のパトロンとなり、「パレス乗馬クラブ」で
自由に乗るチャンスを与えて下さった大阪の大富豪の方と
知り合いになった。
パトロンというと変な想像をされるかも知れないが
パレス乗馬クラブで自由に馬に乗れる環境を
与えて下さったのである。

若いということは何と得をすることか、昼食の誘いが
絶えることがなかった。
身分不相応なお昼を食べると午後はそういう連中と
遊びに出かけた、持ち馬の競馬とか旅行とか、
超贅沢な生活を続けていた。
そんな生活が何年続いたことか。
そのうちにそのパトロンの方が亡くなって
私はパレス乗馬クラブをやめ、
母校の馬術部のコーチをしていた。

勘当同然の私は家を
出て3畳一間の部屋に移り
母がこっそり渡してくれるお金と
コーチ料で生活をしていた。

馬術部の朝は早い。
6時には練習が始まるから
遠い学生は3時頃家を出てくるという。
若い学生を教えるのは楽しかった。
試合に出て勝った時の顔、
そのためには3時起きなどものともしない。

その頃の馬術部には厩舎も出来、
試合に使えるような馬も4~5頭になっていた。

馬術部のコーチとして5年ぐらいやっているうちに、
なんとなく、将来はコーチとなるのだろうと
漠然と考えていた。

朝早く郊外の馬術部に通っているうちに、
ある日、ふと、
「何か勉強をしたい」という考えが湧いてきたのである。
「そうだ! ロシア語を始めてみよう」と思った。
「なつかしのトルストイ」、一度決めるとさっさと
実行に移す性格である。

本を読んだり、書いたりするのは日本では
幾らでも参考書を売っているから自分で出来る。
会話だけを習えばいい。
早速古本屋で入門書やらやさしい読み物の本を買った。

ロシア語会話を教えてくれる学校も探した。
そこに通って会話を習った。
プラウダ(ソビエト時代の日刊紙)の購読をし、
短波放送の入るラジオを買い、
テープレコーダも手に入れた。

何という幸運だろう・・・
そのラジオからは、一日中(聞こえにくいことはあっても)
ソビエトからのロシア語放送が入ったのだ!

ガバリート・モスクワ(こちらモスクワ放送局)
ガバリート・レニングラード(こちらレニングラード放送局)
ガバリート・ウラジヴォスト-
ク(こちらウラジオストック放送局)など

必死に録音し、時間のある限り聞いていた。
朝の馬術部のレッスン以外の全時間を録音を聞くのに当てた。
始めのうちはチンプンカンプンだったが、半年も過ぎるとフッと
解かるようになった。
そしてその録音は殆どプラウダの一面と同じであったのである。

閣僚の名前、共産党大会のお知らせ、
プラウダの記事と一字一句違わない放送が
どんなに嬉しかったか。

そんな生活を3年続けていると
東京オリンピックが開催された。
私は「ソビエトの馬術チームの通訳」に採用された。
楽しい楽しい、オリンピックが始まった。
始めは解かるかどうか心配だったがそこは若さがカバーし
すぐに会話に馴れて、選手連中と親しくなった。
大丸に買い物に行き、店長さんの歓迎を受け
昼食まで出して下さった。

彼らが帰国し、楽しかった日々は終わったが、
その時期にたまたま馬術関係の友人から、
その友人の父上が京都に大学を創設する話を
聞かされた。
そこには、第2外国語としてロシア語があり、
専任教授に予定されていた方が、
助手を探しているということだった。

条件としては、ロシア語検定一級の資格であった。
検定の内容は
 露文和訳
 和文露訳
 会話
ということで、会話は何とかなるが、
他は、何も解かるはずがない。

受験者は私を入れて二人だけだが、
その人はロシア語に関して抜群に
堪能なようだったので、私は会話で稼ごうと決心した。
試験当日、会話の試験の時だった。
「アタシ、胸がドキドキして何も言えそうにありません」と
可愛らしい(?)仕草で口火を切った。

こちらの思うツボでどうしてとか、
聞いてくれて時間を稼げた。
これが、受かったら何をしますかと聞かれて
「大学で学生にロシア語を教えます」と答えて、
目を丸くされたことが印象に残っている。
殆ど出来なかった露文和訳だったがとにかく
受験者二人はともに合格になった。

そして、昭和40年3月東京を引き払って京都に移った。
開通したばかりの新幹線の中で、我が人生の将来を
思うと感無量であった。
どうして私がこんなすごい職につけたのか。
それもこれも一生懸命にやっただけだったのに・・・

しかし、開学してみると第二外国語にロシア語を
選択する学生は皆無であった。
仕事のない私は図書館のロシア語の図書の
整理を命ぜられた。
これがロシア語の力がつく契機となった。
何しろ、ロシア語の授業のためにはロシア語の原書、
2万冊のあらゆる分野の図書は必要なのだ。
何がなんだか分からないまま、ざっと本に目を
通して分類番号を付けていくのだ。
皆目分からないのもあった、どこかに分かりそうな個所を
探してようやく図書番号をつけていった。
この経験は大きかった。どんな事でも分かる
きっかけはあるのだった。
それからはこれが楽しい仕事となった。

そんな時、大学に大型コンピュータが導入された。
理学部の先生と言えども始めは恐れて手を出さなかった。
総長の「誰でも自由に使ってよい」ということで
私は飛びついた。ロシア語を捨てた。
全て知らない世界と言うのは何と楽しいことか、
毎日毎日コンピュータに没頭した。

一年後、私は理学部の助手になった。
学生にプログラミングを教えることとなった。

数年後、つくば市に新しく出来た女子大に教授として
招聘された。

結局、コンピュータが私の終生の仕事になった。
素晴しいパートナーにも恵まれた。
一緒に恒星社厚生閣から30冊の本を出し、
また、学会などで発表した。
現在はブログに
書いている。

71歳で大学を定年退職したが、
人生とは何と面白いのであろう。

そして、私の人生の原点は「トルストイ」であった。
今、私は77歳になり、半世紀振りに
トルストイの「戦争と平和」を
原書で読み始めている。
勿論、全部を読みきることは出来ないであろう。
しかし、読むことだけで充分満足だ。
我が人生を変えてくれた「トルストイ」なのだから。

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2009年5月 1日 (金)

三ヶ国語で書いた将棋入門(日本語編)

私を含めた中高年者のボケの予防、克服のためと、 これからの世代を担う若人のために将棋の入門を書きました。 日本語、英語、ロシア語の三ヶ国語で書きました。 この連載は日本語編です。 興味のある方は、是非、英語、ロシア語のバージョンもご覧下さい。 This book is written in Japanese and English   and Russian for just beginners of Japanese    chess 《Shogi/将棋》. Select one of    the (1), (2), (3). Это учебник по японским шахматам 《Cёги/将棋》    написан для детей на Японском и Англиском и Руском языках. Выбирайте (1)или (2) или (3).

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2009年2月22日 (日)

二回目のレッスン

二回目のレッスン                  平木茂子 先週に凝りてもう来ないだろうと思われる と癪だから、欠食してへやにあった残りものを 食べてさっさとレッスンの部屋に行き、 カセットの電源を...

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詩吟との出会い

詩吟との出会い                  平木 茂子 今年の8月の初めに入って、12月の下旬、 僅か5ヶ月住んだだけでケアハウスから 古巣の自分の家に戻ってきた。 ケアハウスで得たもの・・・そ...

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2009年2月 7日 (土)

詩吟と共に(4)

詩吟のグループは一瀬先生とリブル北山の 住民と一般の人だ。キャプテンは住民の 一谷さんである。 私が始めてこのリブル北山に入ったとき 一谷さんには本当にご親切にしていただいた。 例えば、食事のやり方がわからなかった時、 お皿を取ってそれからパンを取るのだが、モタモタ してたら背の高い最高に格好のよい男性が ひょいっと手を伸ばすと肩越しに混んでいる パンの盆から一切れアタシの皿にパンを放りこみ、 それを、さっとトースタの上の段に いれてくださった。「あっ、あ、ありがとうございます」 オタオタしてお礼を言うと、又、ひょいと私の皿に ごんがり焼けたトーストを乗せて 「さ、もってって、急いで!」周りの目を気にしてか 言ってくださるが、過去は主婦だった周りの人たち の眼は厳しいから、きっとみていたなぁ。

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2009年2月 5日 (木)

詩吟と共に(3)

  われらの愛する「一瀬静忠先生」               平木茂子 1か月も経つと教室にもやり方にも 少し馴れてきた。相変わらず声は出ないが 先生は諦めない。手を代え品を代えて 何とか声が出るよ...

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詩吟と共に(2)

先週に凝りてもう来ないだろうと思われる と癪だから、欠食してへやの残りものを 食べてさっさとレッスンの部屋に行き、 カセットの電源をセットして先生を待った。 「こんにちわ!」超丁寧に最敬礼をして 先生を迎えた。「こちらこそよろしくおねがい します」更に丁寧に頭を下げられドギマギした。 「あのぉ、何を?」 詩吟教室として、りぶる北山の1室 を無料で貸しているようである。 「どうですか、少しなれましたか?」 (なれるワケないでしょ!)ともいえず 何や口の中で、もごもご言葉にならないこと を言った。

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詩吟と共に(1)

今年の8月の初めに入って、12月の下旬、 僅か5ヶ月住んだだけでケアハウスから 古巣の自分の家に戻ってきた。 ケアハウスで得たもの・・・それは 詩吟である。 おずおずとドアを叩いて「あのぉー、まったくやったこと、 ないんですが・・・詩吟、やってみたいんです。」 「大歓迎ですよ、やったことない人のほうが いいんです」嬉しいことを言ってくださった。 「そこに座って聞いててください」 仏様のような先生じゃないの。嬉しくなった。 聴いてるだけならアタシにだってできる。 空けてくださった席に座った。 一人ずつ吟ずるのを聞いた。皆上手なこと びっくりだ。ぐるっと一回りしてアタシの ところにきたら次の人に回してくださった。 ほっとしてようやく人ごごちがついた。 聞くことに専念できる。 1時間ほどグルグル回りの練習が終わって 仏様先生はアタシに向かっておっしゃった。 「さぁ、初めのところを歌ってみてください」 「えっ!聞いているだけじゃだめなんですか? アタシ出来ません!」 「できる範囲でいいんです、さぁやってみて」 青くなった。歌えないから来たんじゃ ないか・・・

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2008年9月14日 (日)

アルツハイマーは予防できる ? ! (2)

さすがNHK, 番組では、ちゃんと裏づけがとってあった。 アルツハイマーは、一口に言うと脳の神経細胞がこわれてしまう病で、治癒法は無く、悪化するのみといわれている。 ところがである、近年このアルツハイマーの患者に、いつまで経っても元気なままで発病しない人が多いことが分かったのだ。その人たちを調べた 結果、上記の3項を組み合わせた生活をしていたのだった。

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2008年9月11日 (木)

アルツハイマーは予防できる?! (1)


                   
   平木茂子

和子がこのケアハウスに入所して、
びっくりしたことは、「入居者が
凄く元気であること」であった。
70歳以上の人たちばかり、しかも
平均年齢86歳と聞いていたので、
他人の助けを借りなければ何も
できないと想像していたのに、
「70代は洟垂れ小僧、80代は
働き盛り」の人たちを見て驚いた。
それは和子が「ケアハウスとは、
元気なうちに入る老人ホームで
ある」ことをよく知らなかったから
ではあるが、それでも今まで住ん
でいたマンションの同年代の人
たちと比べてもはるかに生き生き
としているのだ。
「何故?。。。何故?。。。」
と和子はその原因を何度も考えた
けれど分からなかった。
話は変わるが、和子の大好きな
テレビ番組の1つにNHKの
「ためしてガッテン」がある。
現代科学では、治癒不可能とされて
いる病を、独自の立場から、ごく簡単
な方法での解決を図ったり、予防
不能と思われている病を自分たち
で予防できる方法を提供したり、
プロの味を簡単に出す方法を教えて
くれたりする素晴らしい番組である。
そりゃ、私たちから、金をふん
だくっているNHKだもの、その位は
してくれなくちゃ・・・とは思うものの、
立派な番組であることは確かである。
その晩は、「アルツハイマーは予防
できる」のテーマとのことで、和子は
見ることに決めた。
近頃は、目をひどく痛めているので、
めったにテレビは見ないのだが、
その日ばかりは、早々とお風呂に入り、
さっさと夕食を済ませ、せんべいを横
において、ベッドに寝転んで番組を
待った。

近頃では耳が聞こえにくくなっている
和子だが、
必死になって番組に耳を
すませて聞いたところによると、
その内容は、
 ①適度の有酸素運動
 ②野菜中心の食生活
 ③おしゃべり
の3つを組み合わせた生活をすれば
予防できるとのことであった。
勿論、3つのうち、1つでも欠けたら
だめなのだ。
和子は、たまげてしまった。
これぞ、ここの施設の生活そのもの
ではないか。
これまで、老人ホームの生活が、
かの難病「アルツハイマー」に効く
なんぞ、聞いたことがなかったからだ。
NHKはウソをいってるんじゃ・・・とおもったくらい
びっくり仰天の和子であった。


          ####18-2-5####

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2007年9月14日 (金)

我が人生(5) 体当たり

私は、筑波女子大学の教授として定年を迎えた。 大学教授といっても、まともな学歴ではない。もちろん、 その筋の知り合い(○○教授の門下生)などはない。 今なら、私に成れる職業ではないのだ。学位論文とか、教授の推薦 とか、大学院卒とか、それまでの研究歴などゼロなのである。 たまたま、私がコンピュータを始めたのは、日本でのハシリの時期で、 まだ、学生に教える先生もいない時期にぶつかったから、私に チャンスが回ってきたのだ。

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2007年9月 6日 (木)

我が人生(4) 友

次に、我が男友達を、紹介しよう。 彼の名前は、今井恒雄氏。私が現役のときは、一緒に 研究発表をしてきた相手である、 今、私は、一人でゆっくり本を書いたり、読んだり の毎日だから、あまり会うことがないが、 研究を一緒にしていた時は、本当に世話になった。

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2007年9月 5日 (水)

我が人生(3) 井戸端会議

日本では、男より女の方が、年寄りに限って云えば遥かに元気である。  いろんな原因が考えられるが、女は、一般的におしゃべりである。  「井戸端会議大好き人間」なのだ。このおしゃべりをすることが若さを  保つ原因の一つになっているようである。  私は、小さい頃より、一人でいるのが好きだったし、仕事では、いつも、  相手が男性だったから、井戸端会議の経験がない。  従って、早く老いていくようである。何日も一人でいると、口が  もつれることがある。友達「男性」としゃべっていると直るから、  おしゃべりと、老いは、何か関係があるのだろう。  とは云うものの、今更、お喋り友達は作れない。さて、どうしよう・・・  いま、私は、トルストイの「戦争と平和」を原語で読んでいる。  声を出して読めばいいじゃないかと云われるかもしれないが、  ついつい面白くなったり、考え込んだりすると、分からなくなって  声など出るどころではない。

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2007年8月30日 (木)

我が人生(2) 挫折

「為せば成る」……これは、私の一番好きな 座右の銘であった。定年までの私は、繰り返せば、 何でも出来ると信じていた。  定年が近づいた時、定年後は、 何をしようかと考えていた。 大学にいた時から、 地域の中高年者向けの、やさしいコンピュータ講座 (終わりごろには、インターネット講習会)を開いていた。 それも無理して、6箇所でやっていた.「筑波、東京、 小田原、横浜、大阪、京都」でである。 この会はまだ当分続けていきたいと 考えていた。それ以外に何をしよう・・・散々考えた。 当時、小学生から英語をといわれだしていた頃である、 「そうだ、英語をはじめよう」  恥ずかしながら、英文科卒業の私の英語の実力は、 中学生並みであるけれど、だからこそ、やらねば。 早速、全国規模のNOVA英語学校に入った。

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我が人生(1) 私とロシア語

五十年以上も前、私はロシア語に熱中していた。   何でロシア語だったのか? 無趣味で、ひとりでいるのが大好きだった私が、   唯一、熱中したのは、読書だった。   戦争と、そして疎開が始まる数年前の話である。   東京の杉並区に住んでいた家は、   随分、大きな家で 離れには、父の書斎があり、 色々な種類の本が ぎっしり つまっていた。その頃の本には振り仮名がふってあり、  小学校の低学年の私でも容易に読むことが出来た。  一番初めの本は、パールバックの”大地”であった。   いまでも、覚えているが、壮大な中国!   色々な可能性を秘めたように思えた中国!   いつか行ってみたいと、それから、ずーっと思っていたが、いまだに実現していない。

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2007年1月20日 (土)

(1) はじめに

       中高年者の方々へ! 将棋でボケを克服しよう!
         清水忠治・辻広次・平木茂子(共著) 
             今井恒雄(編)

 本書は、私を含めた中高年者のボケの予防、克服のための
将棋入門書です。もし、そういう方以外の方達が使われるには、
あまりにも、突飛で、びっくりされると思います。
  私は半年ほど前、突然、倒れました。頭が朦朧として、
何を考えることも、何をすることもできませんでした。
少し回復した時には、ボケがひどくなっていて、
「それ、あれ、えーっと」 ばかり、これではいかん。
何かを始めねば‥‥と思い、色々なパンフレットを取り寄せ、
探しました。全く知らないものなら新鮮でいいんじゃないかと考え、
ようやく将棋を見つけました。
そんな・こんな理由で将棋を始めたのですが、
新しいことを覚えるのが大変になった私にとっては、やっぱり難しかったのです。
「でも、何もしないうちに降参するのも‥‥」 と散々、考えた結果、
「まず、自分にも分かる将棋の本を書いてみよう」と思い
本書を書き始めました。
 ボケが始まったのでは‥‥と、感じておられる貴方、
将棋にチャレンジしてみませんか! 
将棋は、どのステップをとっても‥‥例えば、
駒の並べ方だけでも、ボケの改善には、最適です。
頭と指のフル回転で、楽しみながら、記憶力を取り戻します。
その他にも中高年者の得意の「書いて覚える」もあります。
勝ち・負けなど、二の次で良いと思います。
まずは、ボケの克服から始めてみませんか!

                                           平木茂子(記)
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆

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2007年1月18日 (木)

(2) 将棋とは

将棋は、盤上、八十一のマス目に四十枚の駒を使って、相手の玉「王将)を詰ませるゲームです。「詰ませる」とは、相手の玉を「追い詰めて動けない状態にする」あるいは「相手の玉を捕らえる」ことです。四十枚の駒は...

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2006年12月25日 (月)

(3) 駒の並べ方・駒の名称・その動きと・「成る」

さぁ、それでは、将棋の駒と将棋盤に触ってみましょう。 将棋を指すには、将棋の駒と将棋盤がなくては 将棋が指せませんね。しかし、この二つは百円ショップ でも売っているので(将棋盤は紙ですが)、当面はそれ...

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(4) 王手と詰め

皆さんは、王手というと、 勝ったと考えられるのではないでしょうか?  しかし、王手イコール勝ちではありません。 もし、王が逃げられるのなら、勝ったことには、 なりません。王が、逃げて・逃げて最終的には...

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(5) 棋譜

 棋譜とは、或る将棋の試合を記録したものです。 棋譜さえ残っていれば、どんな昔の試合でも再現出来ます。 日本では、江戸時代の名人達の棋譜が残っていて、 現在でも過去を再現することが出来る素晴らしい記録...

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2006年12月24日 (日)

(6) 駒落ち将棋

(6) 駒落ち将棋 将棋が上手になりたければ、上手な人と指すのが 一番だと言われています。その時には、相手に駒を落として (外して)指してもらいます。何枚、落とすかは 貴方の力次第ですが、一番下は、相...

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(7) 初心者向け平手講座

 ここまでは、相手に駒を落として指してもらいましたが、 ここで、両者が同じ条件で指す「平手」の練習をして みましょう。勿論、ここでも、一人で練習する人のために 最後の詰めまでの例を載せています。 初心...

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(8) やさしい詰め将棋

 それでは、今度は、詰将棋をやってみましょう。 詰将棋は、将棋の最後の部分(王を詰めるところ)を 取り出したもので、一人  で楽しむことの出来る 楽しいゲームです。 規則は、通常の将棋と同じ...

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(9) 梅津将棋クラブ

    子供たちの健やかな成長を願って!     皆様は、何か新しいことを始めようと思った時は、 どうされますか。近頃は、カルチャーセンターが大流行。 色々な芸事をゼロから教えてくれるということで、 ...

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(10) おわりに

私は、著者の平木とともに、ボランティアとして、 中高年者を対象にした各種の講習会を 長年、開いてきました。 「中高年者向けインターネット講習会」や、 「中高年者向け英会話教室」などです。 今回、中高年...

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