名著「戦争と平和」のエピローグは?
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平木 茂子
2009年7月、
米ニューズウィーク誌が 
人類史上最上の著書を
ランク付けした
「Newsweek's Top 100 Books」
を特集し、
1位にはトルストイの名作
「戦争と平和」
が選ばれた。
私にとってこの上もなく
嬉しいニュースだった。
高校に入った頃、トルストイに
熱中した。
その頃は乱読で手当たり次第
読んでいたが、
トルストイを読んでからは、
トルストイ一辺倒になって
片っ端からトルストイの本を
買い漁った。
そして出会ったのが「戦争と平和」である。
これを読んだ時の感動とショックは今も覚えている。
この本が「終わりませんように」と祈りつつ読みふけった。
青山学院大学(英米文学科)に入った時、
私は「よーし、勉強して原書をバリバリ読むぞー!」
と決心した。
なにしろそれまで本を読むこと以外、一切せず
暗い感じのする少女だったから自分で自分の
決心にびっくりしたくらいだ。
歳をとって時間がたっぷりあるようになったら
朝から晩まで図書館で本を読んで過ごすのが
夢だったから、そんな日のために力を
つけておかなくてはと思ったのだ。
振り返って思うと
子供の時から本を読むのには事欠かなかった。
父の書斎に入れば山のように本が積まれていた。
全集ものも、文学書から美術書、おまけに
横文字の本まであったが、私が一番好きだったのは
古典落語全集と川柳の本だった。
その頃の本にはすべてフリガナがふってあったので
小さな子供でも読めたのである。
一番最初に読んだのはパールバックの「大地」であった。
高校に入った頃、トルストイに熱中した。その頃は
乱読で手当たり次第読んでいたが、トルストイを
読んでからは、トルストイ一辺倒になって
片っ端からトルストイの本を買い漁った。
そして出会ったのが「戦争と平和」である。
大学に入った時、その頃大学では
新入生のために色々な行事が続いていた。
その中のクラブ紹介のときの馬術部紹介に心を
動かされて即座に入部申し込みをした。
それまで運動など一切したことがなかった。
私は、馬に乗るのが面白くて堪らなかった。
この「馬」が私の人生を変えることに
一役買うことになるとはその時は分からなかったが、
とにかくその日から私の馬・馬・馬の
毎日が始まったのである。
入学した日の勉強する決心など
どっかへ吹き飛んでしまった。
親も、毎日部屋の隅で本にうつつを
ぬかしていた娘が外で身体を動かすことには
賛成してくれたから、堂々とやることができた。
その頃の大学の馬術部にはキチンとした
コーチもおらず、馬もどっかから買ってきた
農耕馬が一頭いただけだったから
そのうちに物足りなくなり、
「アバロン乗馬学校」という
日本では2番目に大きいクラブに
親に頼み込んで入れてもらった。
試合(障害飛越)にも出してもらえるようになり
我が家の床の間の優勝カップが増えていくのが
嬉しくて仕方がなかった。
その頃は終戦後のことだったためで、
乗馬をするのは上級アメリカ人将校や
日本の上流階級の人達が殆どであった。
日本のトップは皇居内にあった「パレス乗馬クラブ」
と言うところで、皇太子を始め、名前を聞いただけで分
かるかつての華族の面々や超一流会社の
社長さん達が顔を揃えていた。
国体とか全日本などの大きな試合に
出られるようになってそういう人達と話を
することも増えてきた。
4年間の大学生活もアットいう間に終わって、
いつまでも馬にへばりついている娘に
親も呆れ果てて私は勘当同然になった。
その時、私のパトロンとなり、「パレス乗馬クラブ」で
自由に乗るチャンスを与えて下さった大阪の大富豪の方と
知り合いになった。
パトロンというと変な想像をされるかも知れないが
パレス乗馬クラブで自由に馬に乗れる環境を
与えて下さったのである。
若いということは何と得をすることか、昼食の誘いが
絶えることがなかった。
身分不相応なお昼を食べると午後はそういう連中と
遊びに出かけた、持ち馬の競馬とか旅行とか、
超贅沢な生活を続けていた。
そんな生活が何年続いたことか。
そのうちにそのパトロンの方が亡くなって
私はパレス乗馬クラブをやめ、
母校の馬術部のコーチをしていた。
勘当同然の私は家を
出て3畳一間の部屋に移り
母がこっそり渡してくれるお金と
コーチ料で生活をしていた。
馬術部の朝は早い。
6時には練習が始まるから
遠い学生は3時頃家を出てくるという。
若い学生を教えるのは楽しかった。
試合に出て勝った時の顔、
そのためには3時起きなどものともしない。
その頃の馬術部には厩舎も出来、
試合に使えるような馬も4~5頭になっていた。
馬術部のコーチとして5年ぐらいやっているうちに、
なんとなく、将来はコーチとなるのだろうと
漠然と考えていた。
朝早く郊外の馬術部に通っているうちに、
ある日、ふと、
「何か勉強をしたい」という考えが湧いてきたのである。
「そうだ! ロシア語を始めてみよう」と思った。
「なつかしのトルストイ」、一度決めるとさっさと
実行に移す性格である。
本を読んだり、書いたりするのは日本では
幾らでも参考書を売っているから自分で出来る。
会話だけを習えばいい。
早速古本屋で入門書やらやさしい読み物の本を買った。
ロシア語会話を教えてくれる学校も探した。
そこに通って会話を習った。
プラウダ(ソビエト時代の日刊紙)の購読をし、
短波放送の入るラジオを買い、
テープレコーダも手に入れた。
何という幸運だろう・・・
そのラジオからは、一日中(聞こえにくいことはあっても)
ソビエトからのロシア語放送が入ったのだ!
ガバリート・モスクワ(こちらモスクワ放送局)
ガバリート・レニングラード(こちらレニングラード放送局)
ガバリート・ウラジヴォスト-ク(こちらウラジオストック放送局)など
必死に録音し、時間のある限り聞いていた。
朝の馬術部のレッスン以外の全時間を録音を聞くのに当てた。
始めのうちはチンプンカンプンだったが、半年も過ぎるとフッと
解かるようになった。
そしてその録音は殆どプラウダの一面と同じであったのである。
閣僚の名前、共産党大会のお知らせ、
プラウダの記事と一字一句違わない放送が
どんなに嬉しかったか。
そんな生活を3年続けていると
東京オリンピックが開催された。
私は「ソビエトの馬術チームの通訳」に採用された。
楽しい楽しい、オリンピックが始まった。
始めは解かるかどうか心配だったがそこは若さがカバーし
すぐに会話に馴れて、選手連中と親しくなった。
大丸に買い物に行き、店長さんの歓迎を受け
昼食まで出して下さった。
彼らが帰国し、楽しかった日々は終わったが、
その時期にたまたま馬術関係の友人から、
その友人の父上が京都に大学を創設する話を
聞かされた。
そこには、第2外国語としてロシア語があり、
専任教授に予定されていた方が、
助手を探しているということだった。
条件としては、ロシア語検定一級の資格であった。
検定の内容は
露文和訳
和文露訳
会話
ということで、会話は何とかなるが、
他は、何も解かるはずがない。
受験者は私を入れて二人だけだが、
その人はロシア語に関して抜群に
堪能なようだったので、私は会話で稼ごうと決心した。
試験当日、会話の試験の時だった。
「アタシ、胸がドキドキして何も言えそうにありません」と
可愛らしい(?)仕草で口火を切った。
こちらの思うツボでどうしてとか、
聞いてくれて時間を稼げた。
これが、受かったら何をしますかと聞かれて
「大学で学生にロシア語を教えます」と答えて、
目を丸くされたことが印象に残っている。
殆ど出来なかった露文和訳だったがとにかく
受験者二人はともに合格になった。
そして、昭和40年3月東京を引き払って京都に移った。
開通したばかりの新幹線の中で、我が人生の将来を
思うと感無量であった。
どうして私がこんなすごい職につけたのか。
それもこれも一生懸命にやっただけだったのに・・・
しかし、開学してみると第二外国語にロシア語を
選択する学生は皆無であった。
仕事のない私は図書館のロシア語の図書の
整理を命ぜられた。
これがロシア語の力がつく契機となった。
何しろ、ロシア語の授業のためにはロシア語の原書、
2万冊のあらゆる分野の図書は必要なのだ。
何がなんだか分からないまま、ざっと本に目を
通して分類番号を付けていくのだ。
皆目分からないのもあった、どこかに分かりそうな個所を
探してようやく図書番号をつけていった。
この経験は大きかった。どんな事でも分かる
きっかけはあるのだった。
それからはこれが楽しい仕事となった。
そんな時、大学に大型コンピュータが導入された。
理学部の先生と言えども始めは恐れて手を出さなかった。
総長の「誰でも自由に使ってよい」ということで
私は飛びついた。ロシア語を捨てた。
全て知らない世界と言うのは何と楽しいことか、
毎日毎日コンピュータに没頭した。
一年後、私は理学部の助手になった。
学生にプログラミングを教えることとなった。
数年後、つくば市に新しく出来た女子大に教授として
招聘された。
結局、コンピュータが私の終生の仕事になった。
素晴しいパートナーにも恵まれた。
一緒に恒星社厚生閣から30冊の本を出し、
また、学会などで発表した。
現在はブログに書いている。
71歳で大学を定年退職したが、
人生とは何と面白いのであろう。
そして、私の人生の原点は「トルストイ」であった。
今、私は77歳になり、半世紀振りに
トルストイの「戦争と平和」を
原書で読み始めている。
勿論、全部を読みきることは出来ないであろう。
しかし、読むことだけで充分満足だ。
我が人生を変えてくれた「トルストイ」なのだから。
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平木茂子
和子がこのケアハウスに入所して、
びっくりしたことは、「入居者が
凄く元気であること」であった。
70歳以上の人たちばかり、しかも
平均年齢86歳と聞いていたので、
他人の助けを借りなければ何も
できないと想像していたのに、
「70代は洟垂れ小僧、80代は
働き盛り」の人たちを見て驚いた。
それは和子が「ケアハウスとは、
元気なうちに入る老人ホームで
ある」ことをよく知らなかったから
ではあるが、それでも今まで住ん
でいたマンションの同年代の人
たちと比べてもはるかに生き生き
としているのだ。
「何故?。。。何故?。。。」
と和子はその原因を何度も考えた
けれど分からなかった。
話は変わるが、和子の大好きな
テレビ番組の1つにNHKの
「ためしてガッテン」がある。
現代科学では、治癒不可能とされて
いる病を、独自の立場から、ごく簡単
な方法での解決を図ったり、予防
不能と思われている病を自分たち
で予防できる方法を提供したり、
プロの味を簡単に出す方法を教えて
くれたりする素晴らしい番組である。
そりゃ、私たちから、金をふん
だくっているNHKだもの、その位は
してくれなくちゃ・・・とは思うものの、
立派な番組であることは確かである。
その晩は、「アルツハイマーは予防
できる」のテーマとのことで、和子は
見ることに決めた。
近頃は、目をひどく痛めているので、
めったにテレビは見ないのだが、
その日ばかりは、早々とお風呂に入り、
さっさと夕食を済ませ、せんべいを横
において、ベッドに寝転んで番組を
待った。
近頃では耳が聞こえにくくなっている
和子だが、必死になって番組に耳を
すませて聞いたところによると、
その内容は、
①適度の有酸素運動
②野菜中心の食生活
③おしゃべり
の3つを組み合わせた生活をすれば
予防できるとのことであった。
勿論、3つのうち、1つでも欠けたら
だめなのだ。
和子は、たまげてしまった。
これぞ、ここの施設の生活そのもの
ではないか。
これまで、老人ホームの生活が、
かの難病「アルツハイマー」に効く
なんぞ、聞いたことがなかったからだ。
NHKはウソをいってるんじゃ・・・とおもったくらい
びっくり仰天の和子であった。
####18-2-5####
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中高年者の方々へ! 将棋でボケを克服しよう!
清水忠治・辻広次・平木茂子(共著)
今井恒雄(編)
本書は、私を含めた中高年者のボケの予防、克服のための
将棋入門書です。もし、そういう方以外の方達が使われるには、
あまりにも、突飛で、びっくりされると思います。
私は半年ほど前、突然、倒れました。頭が朦朧として、
何を考えることも、何をすることもできませんでした。
少し回復した時には、ボケがひどくなっていて、
「それ、あれ、えーっと」 ばかり、これではいかん。
何かを始めねば‥‥と思い、色々なパンフレットを取り寄せ、
探しました。全く知らないものなら新鮮でいいんじゃないかと考え、
ようやく将棋を見つけました。
そんな・こんな理由で将棋を始めたのですが、
新しいことを覚えるのが大変になった私にとっては、やっぱり難しかったのです。
「でも、何もしないうちに降参するのも‥‥」 と散々、考えた結果、
「まず、自分にも分かる将棋の本を書いてみよう」と思い
本書を書き始めました。
ボケが始まったのでは‥‥と、感じておられる貴方、
将棋にチャレンジしてみませんか!
将棋は、どのステップをとっても‥‥例えば、
駒の並べ方だけでも、ボケの改善には、最適です。
頭と指のフル回転で、楽しみながら、記憶力を取り戻します。
その他にも中高年者の得意の「書いて覚える」もあります。
勝ち・負けなど、二の次で良いと思います。
まずは、ボケの克服から始めてみませんか!
平木茂子(記)
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆
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